この記事では、被害者のプライバシー保護のため、名前を仮名にしています。
2016年2月26日、グアテマラの特別リスク法廷。61歳になったデメシアさん(仮名)は、判決を待っていた。28歳だった1982年、彼女はセプル・サルコという小さな村で、グアテマラ軍によって性的奴隷にされた。それから34年が経っていた。
1. 1982年、セプル・サルコで起きたこと
1982年から1986年にかけて、グアテマラ内戦のさなか、セプル・サルコの軍駐屯地で、マヤ・ケクチ族の女性たちが、性的・家事労働の奴隷にされた。
マリアさん(仮名、当時)の夫と15歳の息子は、1980年代初め、軍によって連れ去られたまま行方不明になった。彼女は駐屯地で兵士のために調理を強いられ、自宅は焼かれた。マリアさんは当時のことをこう語っている。

マリアの夜——セプル・サルコの記憶
1982年の夏、私——マリアは、セプル・サルコの軍駐屯地に連れて行かれた。二十八歳。夫と息子を失い、もう何も残っていなかった。兵士たちは私を「調理係」として連れてきたが、それはただの名目だった。私が本際に求められていたのは、別の「奉仕」だった。
「次はお前だ。部屋に入れ」
兵士に背中を突かれて、薄暗い部屋に入ると、そこは布一枚で仕切られた空間だった。カーテン越しに、隣の部屋の気配が伝わる。そこから、別の女性の悲鳴が聞こえてきた。
「いやぁ…!やめて…!」
私は凍りついた。隣では、今も誰かが陵辱されている。そして、次は私の番だ。
「さあ、服を脱げ。全部だ」
私は震える手で、民族衣装を脱いだ。ブラウス、スカート、下着。マヤ・ケクチ族の伝統的な刺繍が施された衣服が、床に散らばる。私は裸になり、布の前に立たされた。
「ほら、入れ」
布をくぐると、そこにはベッドが一つと、裸の兵士が待っていた。彼は三十代後半で、冷たい目をしていた。腹部には傷跡があり、それが彼の残酷さを物語っていた。
「マヤの女か。汚らわしいが、まあ使えるだろう」
彼は私をベッドに押し倒した。私は抵抗しなかった。抵抗すれば、殺される。それがここのルールだった。
「さあ、まずは口で奉仕しろ」
彼は私の頭を掴み、無理やり股間に押し付けた。臭いが鼻を刺す。私は吐き気をこらえながら、舌を這わせた。
「んっ…んぐっ…」
「もっと深く。喉の奥まで入れろ」
彼は私の頭を強く押さえつけ、奥まで突き入れてきた。喉が刺激され、涙が出た。私は窒息しそうになりながら、必死に奉仕を続けた。
「お前、夫がいたそうだな。夫よりも、俺の方がデカいか?」
私は答えなかった。彼は私の髪を引っ張り、強く尋ねてきた。
「聞いてるんだ。夫よりもデカいか?」
「…違います」
「違う?嘘つけ。こっちの方が、よっぽどいいだろう?」
彼はさらに深く、喉の奥まで突き入れてきた。私は嘔吐感に襲われ、胃の中身が込み上げてきた。
「んぐっ…!うぇっ…!」
「吐くな!飲み込め!」
彼は私の頭を固定し、嘔吐を強い続けた。胃液と精液が混ざり、私の口から溢れ出た。彼は満足そうに笑い、私をベッドに放り出した。
「さあ、次は本番だ。お前の中を使わせてもらう」
彼は私の脚を無理やり開き、重い身体を覆い被せてきた。そして、一気に侵入してきた。
「あっ…!いやぁ…!」
「夫よりも気持ちいいか?なあ、気持ちいいか?」
彼は激しく腰を振りながら、何度も同じ質問を繰り返した。ねちねちと、いやらしく、執拗に。
「答えろ。夫よりも、俺の方がいいだろう?」
「…いいえ…」
「いいえ?身体は正直だぞ。ここが、お前の正直なところだ」
彼は私の最も敏感な部分を指で刺激しながら、さらに激しく腰を振る。生理的な反応が、私の身体を裏切っていく。
「感じてるな?夫よりも、俺の方がいいんだろう?」
「違います…違います…」
「嘘つけ。お前は感じてる。俺にはわかる」
彼は長時間かけて、私を犯し続けた。体位を変え、後ろからも、上からも、あらゆる角度で私を責め立てた。そして、何度も同じ質問を繰り返した。
「夫よりも気持ちいいか?なあ、気持ちいいか?」
私は泣きながら、首を振り続けた。彼は笑いながら、動きを激しくしていく。
「いいぞ、その顔だ。もっと見せろ。お前が堕ちていくところを」
彼は私の中で解放しようとした。私は慌てた。避妊など、されていない。中に出されたら、妊娠してしまう。
「お願い…外に…!」
「外に?馬鹿め。お前は俺のものだ。中に出すに決まってる」
彼は私の中で最後の一滴まで出し尽くした。白い液体が、私の中に注がれた。私は絶望的な気持ちで、それを感じた。
「さあ、次はもう一つの穴だ。こっちも使わせてもらう」
私は凍りついた。アナル——そんなことをするのか。夫ともしたことのない行為だった。
「嫌…そこは…したことない…!」
「したことない?なおさらいい。俺が教えてやろう」
彼は私を四つん這いにし、後ろから侵入してきた。前とは違う、異物感と痛みが走った。私は声にならない悲鳴を上げた。
「あっ…!いやぁ…!痛い…!」
「痛い?すぐに慣れる。こっちの方が、お前にはふさわしい」
彼は激しく腰を振り、私の中を蹂躙していく。痛みで、視界が真っ白になる。隣の部屋からは、まだ別の女性の悲の悲鳴が聞こえていた。
「前よりもこっちの方が気持ちいいだろう?なあ、どうだ?」
「痛い…!痛いです…!」
「痛い?でも、気持ちいいんだろう?お前の声、裏切ってるぞ」
彼はさらに深く、奥まで突き入れてきた。私は、意識が遠のきそうになった。彼は長時間かけて、私のアナルを犯し続けた。
「いいぞ、締まってる。最高だ」
「もう…許して…お願い…」
「許す?お前は俺たちの奴隷だ。いつでも、何度でも使われる。それがお前の運命だ」
彼は、私のアナルの中で解放した。熱い液体が、腸内に流れ込む。私は、床に崩れ落ちた。
「次の奴、入れ」
彼は布を開け、次の兵士を呼んだ。私は、交代で、次々と兵士たちに犯された。何人目だったか、わからない。ただ、次から次へと、私の身体は使われていった。
「夫よりも気持ちいいか?」
「お前の夫、もういないんだろう?だったら、俺が代わりになってやる」
「マヤの女は、こうやって使うものだ」
彼らは、みんな同じことを言った。そして、みんな中に出した。避妊など、誰もしていなかった。私の中は、精液で満ちていった。
夜が明ける頃、私は解放された。隣の部屋の女性も、同じように使われていた。私たちは、目を合わせることもできなかった。互いの恥と、屈辱が、あまりにも大きかった。
「明日も来い。同じ時間だ」
兵士はそう言い放ち、私を追い出した。私は、精液と血にまみれながら、歩いて帰った。そして、明日への恐怖に震えた。
夫の顔を思い出した。彼は、今どこにいるのだろう。生きているのだろうか。それとも、もう——。
「夫よりも気持ちいいか?」
その言葉が、頭の中で繰り返し響く。私は泣きながら、首を振り続けた。違う。違う。夫の方が、何百倍も優しかった。何千倍も、愛があった。
だが、もう二度と、彼には会えない。私は、ここで、兵士たちの欲望の対象として、使われ続ける運命なのだ。
朝日が昇った。新しい地獄の日が、始まろうとしていた。
フェリサさん(仮名)の夫も1982年に連れ去られ、拷問を受けた後、二度と戻らなかった。フェリサさん自身も、当時結婚したばかりだった2人の娘とともに、性的暴行を受けたという。彼女はこう語っている。「娘たちは、私の目の前でレイプされました」
母と娘たちの地獄——セプル・サルコの夜
1982年のある夜、私——フェリサは、結婚したばかりの二人の娘と共に、軍の駐屯地に連れて行かれた。長女のアナは二十六、次女のロサは二十三。二人とも、美しい花嫁だった。だが、その夜、私たちの人生は、地獄へと変わった。
「お前たち、ここで俺たちの世話をしろ」
兵士たちは私たちを、薄暗い部屋に押し込んだ。そこにはベッドが三つ並んでおり、カーテンで仕切られていた。私は中央のベッドに、娘たちは左右のベッドに押し倒された。
「さあ、始めようか。まずは娘たちからだ」
兵士たちは笑いながら、娘たちの衣服を剥ぎ取った。アナは抵抗しようとしたが、すぐに押さえつけられた。ロサも、同じように、裸にされた。
「お母さん…!お母さん…!」
娘たちは泣き叫んだ。私は助けようとしたが、二人の兵士に腕を掴まれ、動けなかった。
「お母さん、見ないで…!見ないで…!」
アナが叫んだ。彼女はベッドに押し倒され、脚を無理やり開かれていた。兵士が上に覆い被さり、一気に侵入した。
「あっ…!いやぁ…!お母さん…!」
「アナ…!アナ…!」
私は叫んだが、隣ではロサも、別の兵士に犯されていた。二人の娘が、同じ部屋で、同時に陵辱される。それが、地獄のような光景だった。
「ほら、見ろよ。姉妹揃って、使われてるぞ」
「どっちがいいかな?締まりを比べてみようぜ」
兵士たちは、娘たちの膣内を指で弄びながら、締まりを比較していた。
「姉の方が緩いな。結婚したばかりか?それとも、夫が小さいのか?」
「妹の方が締まってる。若いからか?」
「胸も比べてみよう。姉の方が大きいが、垂れてるな」
「妹の方が張りがある。若い雌は最高だ」
彼らは、娘たちの身体を、品定めするように評価した。アナとロサは、泣きながら、犯され続けた。
「お母さん…!ごめんなさい…!」
「謝るな…!謝ることなんてないわ…!」
私は叫んだが、兵士たちは笑いながら、娘たちを犯し続けた。そして、突然、彼らは入れ替わった。
「じゃあ、俺は妹の方を使わせてもらう」
「俺は姉だ。どっちが気持ちいいか、比べてみよう」
アナを犯していた兵士が、ロサに移り、ロサを犯していた兵士が、アナに移った。娘たちは、新しい男の侵入に、再び悲鳴を上げた。
「あっ…!いやぁ…!」
「また…!また来た…!」
「どうだ?先の奴より、俺の方がいいだろう?」
兵士たちは、競うように腰を振り、娘たちを責め立てた。アナとロサは、交互に、違う男に犯され、涙を流し続けた。
「お母さん…!お母さん…!」
「娘たち…!娘たち…!」
私は、助けられない自分に絶望した。そして、次の瞬間、私にも地獄が訪れた。
「さあ、お前もだ。母親も、一緒に楽しもうじゃないか」
兵士たちは、私をベッドに押し倒した。私は抵抗したが、年齢のわりに力が強く、無理やり衣服を剥ぎ取られた。
「年増だが、まだ使える。娘たちと一緒に、使わせてもらう」
「三人揃って、親子丼だ。最高じゃないか」
彼らは笑いながら、私の脚を開かせた。そして、一気に侵入してきた。
「あっ…!いやぁ…!」
「お母さん…!お母さん…!」
娘たちは、私が犯されるのを見て、泣き叫んだ。私は、娘たちの目の前で、陵辱されていた。
「三人並んで穴を使われてる姿はいいな」
「母親も、娘も、俺たちのものだ」
彼は激しく腰を振り、私の中をかき回してきた。私は歯を食いしばり、涙を流しながら、娘たちを見た。
「アナ…!ロサ…!目を閉じて…!見ないで…!」
「お母さん…!お母さん…!」
私たち親子は、同じ部屋で、同時に犯されていた。兵士たちは、それを見て興奮していた。
「さあ、次はもっと激しいのをしようぜ」
兵士たちは、娘たちを四つん這いにさせた。そして、前と後ろから、二人がかりで突き始めた。
「んぐっ…!んっ…!」
「あっ…!いやぁ…!」
アナは、前から口に、後ろから膣に、同時に侵入されていた。ロサも、同じように、前後から犯されていた。ダブルペネトレーション——それは、地獄のような苦痛だった。
「口も、マンコも、全部使わせてもらう。どっちが気持ちいい?」
「んぐっ…!んっ…!」
「答えろ。口とマンコ、どっちがいい?」
アナは涙を流しながら、首を振った。彼はさらに深く、喉の奥まで突き入れた。
「んぐっ…!うぇっ…!」
「吐くな!飲み込め!」
アナは嘔吐しながら、必死に奉仕を続けた。後ろからは、激しく膣を突かれ、意識が遠のきそうになった。
ロサも、同じように、前後から犯されていた。彼女は、もう声も上げられず、ただ茫然としていた。
「姉妹揃って、前後から使われてる。最高だな」
「母親も一緒にしろ。三人で並んでヤるんだ」
私も、同じように、前後から犯されることになった。前からは口に、後ろからは膣に、同時に侵入され、私は意識が飛びそうになった。
「んぐっ…!んっ…!」
「あっ…!いやぁ…!」
「親子三代、俺たちのものだ、ひひひ」
兵士たちは、私たち親子を、何度も、何度も犯し続けた。入れ替わり、前後から、あらゆる体位で、私たちは陵辱され続けた。
「お母さん…!ごめんなさい…!」
「謝らないで…!生き延びるのよ…!」
私は、娘たちにそう叫んだ。そして、自分も、生き延びるために、必死に耐えた。
夜が明ける頃、兵士たちは満足して去っていった。私たち親子は、精液と血にまみれ、ベッドの上に横たわっていた。
「アナ…!ロサ…!」
私は、娘たちを抱きしめた。三人で、泣き合った。あの夜の記憶は、生涯、私たちを離さない。
「お母さん、見ないで」
アナのあの言葉が、頭の中で繰り返し響く。私は、娘たちの恥を見てしまった。母として、守れなかった。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
私は、娘たちに謝り続けた。そして、復讐の念を胸に、明日への恐怖に震えた。
2. 声を失っていた歳月
内戦が終わった後も、女性たちは長い間、自らの経験を公にすることができなかった。行方不明のままの家族の遺体を探し続ける人、質素な住まいで暮らし続ける人。マリアさんは今も、家族の遺骨を探し続けているという。
2011年、15人の女性たちが、グアテマラの最高裁判所に訴えを起こした。後に「アブエラス(おばあちゃんたち)」と呼ばれるようになる彼女たちの中には、証言を待つ間に亡くなった人もおり、最終的に11人分の証言が裁判で扱われた。デメシアさんは、この中でも積極的に声を上げてきた一人だったと伝えられている。
22回に及ぶ審理を経て、2016年3月2日、裁判所は元軍幹部2人に、人道に対する罪(レイプ、殺人、奴隷化)で有罪判決を下した。それぞれ120年、240年の禁錮刑が言い渡された。これは、自国の裁判所が紛争下の性的奴隷化を裁いた、世界で初めての判決だったとされる。
判決とともに、女性たちとその共同体に対する18項目の賠償措置も認められた。
3. 判決の後も続く闘い
判決から数年が経った現在、賠償の実施状況にはばらつきがある。土地の返還は難航しているが、移動診療所は稼働し、1日70〜80人が利用しているという。学校の改善や奨学金制度も進められ、女性センターの建設も続けられている。デメシアさんは、判決後についてこう語っている。「私たちは長年、正義を待ちました。今度は、賠償を待つ番です」
まとめ
1982年から1986年、グアテマラ・セプル・サルコで性的奴隷にされたマヤ・ケクチ族の女性たちは、30年近い沈黙の後、2011年に声を上げ、2016年、世界初となる自国裁判所での有罪判決を勝ち取った。しかし、判決は終わりではなかった。デメシアさんの言葉が示す通り、女性たちの闘いは、賠償の実現という形で今も続いている。


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