中世ヨーロッパの修道院は、世俗社会から離れて暮らす女性たちの場所だった。
しかし、その壁が女性を必ずしも暴力から守ったわけではない。
修道女たちは、男性聖職者との権力関係の中に置かれ、さらに戦争や侵略が起きれば、武装した兵士の暴力にもさらされた。
残された記録からは、望まない性的関係、妊娠、妊娠を隠すための処置、そして侵略者によるレイプという、極めて重い現実が浮かび上がる。
「罪」とされた妊娠
初期中世アイルランドの宗教文書には、修道女が貞潔の誓いを破って妊娠した場合について、かなり具体的な規定が残されている。
当時の聖職者向けの「悔悛規定(penitential)」には、修道女の性的関係や妊娠、そして堕胎についての規定が存在した。研究者クリスティーナ・ハリントンは、初期中世アイルランドの修道生活について、修道女の性、妊娠、堕胎、そして聖職者との関係が宗教文書の重要な問題になっていたことを指摘している。(OUP Academic)

さらに、アイルランドの聖人伝には、性的関係によって妊娠した修道女の胎児が奇跡的に消えるという「堕胎の奇跡」の物語まで登場する。これは当時、修道女の妊娠を隠すことが重大な問題だったことを示す資料でもある。(Wiley Online Library)
ただし、ここは慎重に考えなければならない。
史料だけから、妊娠した修道女がすべて聖職者から性的暴力を受けたとは言えない。合意による関係も含まれていた可能性がある。
しかし、男性聖職者と修道女という強い権力差の中で、女性が拒否できたのかという問題は残る。
そして妊娠すれば、社会的な非難を受けるのは主に女性だった。
「修道女の不品行」で片付けられた被害
15世紀のポルトガルでは、アロウカ修道院やタロウケラ修道院をめぐって、修道女や修道院長らが男性との関係によって妊娠し、子どもを産んだとする記録が残っている。
研究では、当時の書簡、裁判関係資料、教会法上の告発などを使って、この問題が検討されている。(EBSCO OpenURL)

ここで忘れてはいけないのは、史料に「妊娠した修道女」と書かれていても、その女性が自ら望んだのか、権力によって強制されたのかまでは、必ずしも分からないということだ。
それでも、妊娠した女性だけが「貞潔を失った者」として扱われる社会では、被害を受けた女性が助けを求めることは容易ではなかった。
修道女カタリナの告白
院長室の重い扉が閉じられる音が、カタリナの胸を凍りつかせた。燭台の揺らめく光の中で、フェルナンド院長の肥えた影が壁に巨大く映し出されている。
「近う寄れ、カタリナ」
渋い声に促され、白い修道服の裾を握りしめながら近づく。十五歳で神に捧げたこの身が、今、何か違うものを求められていることを、肌が理解していた。
「院長様、何か私に……」
「黙れ」
机の前で立ち止まった瞬間、後ろから巨体が迫った。脂ぎった手が腰に回り、修道服の布地を乱暴にまくり上げる。カタリナは悲鳴を飲み込み、机に手をつかされた。冷たい木の感触が掌に沁みる。
「神様、お許しください……」
涙が頬を伝った。白い下着が引き裂かれる音がした。次いで、院長の荒い息遣いが耳元にかかる。
「お前を罰しているのだ」
低い、粘着質な声が響く。
「罪深いお前を罰しているのだ。お前は自慰をしていたな? 夜、独りで床に身をよがらせ、悪魔の誘いに身を委ねていたな?」
「違います……そんな……ああっ!」
鈍い衝撃が背後から突き刺さった。カタリナは歯を食いしばり、神の名を唱えようとする。しかし唇から漏れるのは、抑えきれない嗚咽だけだった。
「嘘をつくな。私は全て見ていた。お前の寝床での穢れた姿を」
院長の腹が尻に押し付けられる。ギシギシと机が軋み、燭台の影が狂い踊る。カタリナは指先まで震わせながら、木の表面を掻いた。
「神様……どうか……この罪を……」
「神はお前を見捨てた。だが私が救う。罰することでお前を清めるのだ」
激しい動きが背後から繰り出される。カタリナは前のめりになり、修道服の襟元から汗ばんだ胸が露わになる。鏡に映った自分の姿——涙に濡れた頬、乱れた黒髪、白い衣をはだけた惨めな肢体。
「いや……お許しを……」
「もっと謝罪しろ。声に出せ。お前がどれほど淫らな娘か神に告白しろ」
院長の手が首筋を這い、乳房を鷲掴む。カタリナは再び泣き叫んだ。神への祈りと、屈辱的な快楽が入り混じり、頭の中が真っ白になる。
「私は……淫らな……罪深い女です……ああ……神様……」
「そうだ。だから罰されるのだ。受け入れろ、この清めを」
院長の動きが速まる。カタリナは意識が遠のくのを感じながら、ただ唇を噛んで耐えた。燭台の光が、二つの影が一つに重なる様子を、ただ冷たく照らし続けていた。
修道院を襲った兵士たち
さらに悲惨なのが、戦争と侵略である。
1379年、イングランドの軍勢が修道院に入り、そこにいた女性たちを襲ったという記録が、年代記作者トマス・ウォルシンガムによって残されている。
兵士たちは修道院長の制止を無視して建物を占拠し、部屋へ押し入った。そして、修道生活を送っていた若い女性たちを暴力的にレイプしたと記録されている。

さらに、修道院にいた未亡人や既婚女性も襲われた。兵士たちは女性たちを連れ去り、船に乗せたとも記されている。(Medievalists.net)
ここでは、女性が「修道女だったかどうか」すら問題ではなくなっていた。
武装した兵士にとって、修道院の壁も、修道女の誓願も、宗教的な聖域であることも、彼女たちを守る力を持たなかったのである。
修道女エリザベスの告白
石造りの壁の隙間、聖具室の裏の隠れ家で、エリザベスは息を潜めていた。外から響く叫び声、物音、そして——足音が近づく。
「ここだ! 隠れてやがったぞ!」
板戸が破られる音が轟いた。鎖帷子に身を包んだ兵士の巨体が部屋を埋め尽くす。エリザベスは後ずさりし、背中が冷たい壁にぶつかる。
「神の花嫁だそうだがな、姐さん」
生臭い息が顔にかかる。次の瞬間、床に叩きつけられた。頭が眩み、白い修道服の裾が乱暴にまくり上げられる。抵抗する腕を押さえつけられ、引き裂かれる布の音がした。
「いや……お許しを……」
「黙ってろ。神なんかじゃ慰められないだろうが」
太い指が内腿を這い上がり、無理やり足を開かせる。エリザベスは涙を流しながら、虚空に向かって祈りを唱えようとする。しかし、そこに——。
「うっ……ああっ!」
一気に貫かれた衝撃で呼吸が止まる。埃っぽい床に背中を擦りつけ、エリザベスは目を見開いた。上になった兵士の汗だくの顔が、燭台の光に照らされて笑っている。
「処女じゃねえじゃねえか。神に捧げた身かよ?」
「何年ごぶさただったんだ? 十年? 十五年?」
隣で別の笑い声が起こる。エリザベスは顔を背けようとするが、顎を掴まれて強く向け直される。
「たまってたんだろ? こういうのが欲しくてたまらなかったんだろうが」
「いや……違う……」
「嘘つけ。身体は正直だぜ」
激しい動きが始まる。床が背中に食い込み、埃が舞い上がる。エリザベスは歯を食いしばり、涙を流しながら、ただ耐えようとする。
「俺が慰めてやるよ。この太いやつでな」
兵士は腰を打ちつけながら囁く。埃っぽい空気の中で、生臭い汗の臭いが鼻腔を刺す。
「どうだ、感じてるだろ? 正直に言えよ」
「神様……お許しを……」
「神は見てねえよ。今のお前は俺のもんだ」
その時、隣から絶叫が上がった。振り向くと——アグネス、十五歳で修道生活を始めたばかりの、エリザベスが妹のように可愛がっていた少女が、別の兵士に押さえつけられていた。白い肌が露わになり、細い足が無理やり開かれている。
「神よ……神よ……」
アグネスは涙を流しながら、虚空に向かって繰り返す。しかしその声は、兵士の嘲笑と荒い息遣いに掻き消されていく。
「こっちの小娘は本物の処女みてえだぜ。締まりが違うわ」
「いやああっ! 神様ああっ!」
絶叫が石の壁に反響する。エリザベスは目を閉じようとするが、兵士に瞼を指でこじ開けられる。
「見ろよ。隣の嬢ちゃんがどうなってるか。お前もああなるんだ」
視界の端で、部屋の奥——祭壇の布が敷かれた場所でも、懺悔室の陰でも、あちこちで白い修道服が引き裂かれ、蠢く裸身が重なっている。燭台の光が、汗に濡れた肌、這い回る手、開かれた脚の間を照らし出す。
「地獄よ……」
エリザベスは呟いた。しかし兵士はそれを聞いて笑い、さらに深く突き入れた。
「地獄? いいや、ここは天国だ。神の花嫁たちのたまり場だよ」
笑い声が部屋中に満ちる。アグネスの「神よ」という泣き叫びが、次第に熱を帯びた喘ぎに変わっていく。エリザベスは意識が遠のくのを感じながら、ただ唇から祈りの言葉を漏らし続けた。しかし、それはすぐに、別の声に塗り潰されていった。
さらに古い記録にも「レイプされた修道女」がいる
教皇グレゴリウス1世の書簡には、6世紀末から7世紀初頭にかけて、兵士が一人の修道女を複数回レイプし、有罪判決を受けたにもかかわらず十分な処罰を受けていないという事件が記録されている。
教皇はナポリ公に対し、その兵士を処罰するよう求めたとされる。(Scribd)
これは重要な記録だ。
そこには「修道女が男性と関係を持った」という曖昧な表現ではなく、兵士による強制的な性的暴力と、それを処罰しようとした権力者が登場する。
壁の中にも、壁の外にも逃げ場はなかった
修道女たちは、男性との性的関係を禁じられていた。
しかし、男性聖職者との権力関係から完全に逃れることもできなかった。
戦争になれば、侵略軍が修道院へ入り込むこともあった。
そして、妊娠すれば女性側の「罪」として扱われる。
つまり彼女たちは、
拒否する権利を奪われる危険と、被害の結果だけを自分の責任にされる危険の両方
にさらされていた。
だからこそ、中世の修道女を「貞潔を守れなかった女性」という言葉だけで語るのは適切ではない。
その記録の向こうには、望まない性交を拒めなかった女性、妊娠を恐れた女性、妊娠を隠さなければならなかった女性、そして武装した男たちから逃げようとした女性がいた。

名前さえ残らなかった女性も多い。
しかし、わずかに残された記録は教えてくれる。
修道院の壁は、女性の身体を完全には守ってくれなかった。
そして性暴力の被害を受けた女性たちは、その後さらに「貞潔を失った者」「罪を犯した者」として責められることさえあった。
それが、中世ヨーロッパの修道女たちが置かれていた、もう一つの悲惨さだった。

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